技術ではなく泥臭さ

IT エッセイ・コラム ビジネススモデル

最近のユニコーン企業はどれも別に技術が凄い訳じゃない。
FacebookやInstagram、Airbnbやメルカリにしても恐らくサイト自体は優秀なエンジニアなら同じものが作れるだろう。

そもそも企業価値というのはテクノロジー自体にあるものではない。
それはユーザーベースにあるのだ。

だからGoogleは自社でビデオサービスを提供していたにも関わらずYouTubeを大枚はたいて買収したのだし、FacebookがInstagramやWhatsAppを買ったのも同じ理屈に拠る。

昔から作り手の人・・エンジニアにしてもクリエイター・アーティストにしても
「素晴らしいモノさえ作ればいつか誰かが見つけてくれる」
と思ってる人が多いけど勿論そんなに甘くない。

まして今はあらゆる商品・サービス・コンテンツが溢れている時代。そこから自分のモノを見つけて貰うのは容易ではない。
・・で人に見つけてもらえなければそれは存在しないのと同じ。

ネットワーク効果が働き始めるクリティカルマスに到達するまでは
「いかに泥臭い事ができるか?」
によって成否が決まる。

楽天の三木谷さんは立ち上げ初期の頃は説明会の為に全国行脚していたし、2ちゃんねるのひろゆきは当時人気だった他の掲示板に書き込みして自分の掲示板に誘導してた。

Airbnbは創業者自ら高級なカメラを片手に部屋の写真を撮って回った。

つまり結局は鶏と卵の問題を解決するために泥臭い事をやり続けなければならない。
鶏と卵の問題というのは、例えばゲーム機メーカーが新しいゲーム機を開発する。でもそれが売れるかどうかわからない段階ではサードパーティのゲームメーカーはそのプラットフォーム向けにゲームを開発するのはリスクとなる。かと言ってソフトのないゲーム機は誰も買わない。よってゲーム機メーカー自身がある程度自前でゲームソフトを用意しなければならない。だから任天堂もSONYも自社でソフトを真っ先に開発するのだ。

エンジニアは作るのは得意でもそういう泥臭い営業的な事は苦手な人が多い。だからAppleでもMicrosoftでも作る人と売る人のコンビで創業するのだ。ウォズニアックが作りジョブズが売る。ゲイツが作りバルマーが売る。(バルマーは創業者じゃないけど)

そう考えるとやはり技術一辺倒じゃなくて泥臭い事をやる重要性ってのが改めてよくわかりますね。